「猫に小判」と日本で初めて言われたのは誰?

「猫に小判」の意味と例文を調べていて、何気なくWikipediaを開いてみると、「猫に小判」の出典が書かれていました。

Wikipediaには、「猫に小判」という言葉は、『野郎立役舞台大鏡やろうたちやくぶたいおおかがみ』という書物に初めて登場するとして、その一節が引用されています。

「ちんふんかんの絶句律詩ぜっくりっしにつづってしさいをこねましたによって猫に小判を見せたやうでよひやらわるいやらひとつもがてんまいりませぬ」
※絶句律詩:絶句は4行で構成された漢詩、律詩は8行で構成された漢詩。

ここで私が疑問に思ったのは、『野郎立役舞台大鏡』の著者は、誰の何が「猫に小判を見せたよう」だと言っているのかということです。

そこで調べてみることにしました。

なお、『野郎立役舞台大鏡』は、貞享じょうきょう4(1687)年に出版された役者などの評判を記した書で、野郎とは成人男子のことです。

 

「猫に小判」だと言われたのは・・・

原文を読むと、「ちんぷんかん」で、あたかも「猫に小判を見せたよう」だと批判されたのは、水嶋四郎兵衛みずしましろべえという人だということがわかりました。

水嶋四郎兵衛は、芝居の開幕前に配役などを読み上げる口上役こうじょうやくなのですが、「口上が堅苦しく難しいので、万人が理解できない。あたかも猫に小判を見せるようだ」と批判されています。

※『野郎立役舞台大鏡』の著者は不明。発行者は、京都の和泉屋八左衛門いずみやはちざえもん

水嶋四郎兵衛さんの名誉のために言っておくと、その他の評判記などでは、声の調子や感じが良くて遠くまでとどき、大入り満員でざわついている芝居でも、水嶋四郎兵衛の口上が始まると静まりかえったと書かれています。

水嶋四郎兵衛は、口上役だけでなく、役者・作者としても活躍しています。同時期に近松門左衛門がいた頃のことです。

 

「猫に小判」の元々の意味

ことわざ「猫に小判」の現在の意味は、「高価なものや貴重なものを価値のわからない者に与えても何の意味もないこと」というのが一般的です。

『野郎立役舞台大鏡』に書かれている「猫に小判」という言葉の前後を読むと、「万人に何かを説明するときは、堅苦しくて難しい言葉を使わず、平易な言葉で説明しなくてはならない」というのが、ここでの「猫に小判」の意味だろうと思われます。

また、「猫に小判」は、「猫に小判を見せる」を省略したものとも言えます。

ただし、『野郎立役舞台大鏡』が刊行される前から「猫に小判」という言葉がすでに使われていたかは不明です。

 

ことわざ「お女郎に小判」

ことわざ「お女郎じょろうに小判」は、「好きなものの例え」、「効果があること」という意味です。

たいていは、「猫に木天蓼またたびお女郎に小判、泣く子に乳房ちぶさ」と続きます。「猫に木天蓼泣く子に乳房」と組み合わせる場合もあります。

 

参考:『歌舞伎評判記集成』第一巻(岩波書店)

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